これを読んでくれている、あなたへ
少し、長くなります。それでも、読んでもらえたら嬉しいです。
東京で、外資系のコンサルティングファームにいました。会社の無駄を見つけて、削ぎ落として、効率を上げる。それが僕の仕事でした。数字を読んで、最短ルートを引いて、成果を出す。スピードと効率が、すべてだと思っていました。
東京は、いつも何かに追われている街です。鳴りやまない通知。次の会議、次の案件、次の流行。満員電車に運ばれてビルに入り、夜は画面の光に顔を照らされて、気づけば終電。追いかけても、追いかけても、何かに追いつけないまま、一日が終わっていく。
便利で、刺激的で、たしかに面白い街でした。でも、ある夜ふと、「これを、この先何十年も続けるのか」と思ったら、足元が、すうっと冷たくなったんです。
そんなとき、父から聞きました。「思い出を残す、思い出を作る。そういう事業を、田舎で始める」と。
効率とは、正反対の言葉でした。残す? わざわざ手間をかけて、消えていくものを? 僕がそれまで信じてきた「速く、無駄なく」とは、まるで逆。正直、最初はまるで意味がわからなかった。
それなのに——その不器用な言葉だけが、なぜか、ずっと胸に引っかかって離れませんでした。たぶん僕は、心のどこかで、ずっとそういうものを探していたんだと思います。
思い出したのは、子どもの頃の、夏でした。
英国で育った僕は、夏休みになると、この村に帰ってきていました。山あいを流れる、小さな川。素足で入ると、しびれるくらい冷たくて。見わたすかぎりの、青い稲穂。風が吹くと、ぜんぶ同じ方向にしなって、海みたいに揺れる。夜になると、田んぼじゅうのカエルが、うるさいくらいに鳴いていました。
世界のいろんな場所を見てきたつもりでした。でも、いちばん美しかったのは、結局、この、なんでもない村の夏だったんです。
あれを、残したい。
妻と結婚して、今年、子どもが生まれました。そして僕たちは、この人口300人の村で、暮らしはじめました。
朝、窓を開けると、昨日と同じ山が見える。同じ川の音がする。時間は、東京よりずっとゆっくり流れていて、最初は、そわそわしました。でも今は、その「何も起こらない一日」が、どれだけ豊かなものか、少しずつわかってきました。
子どもは、土と、風と、生きものの匂いの中で、ゆっくり育っていく。ここに来て本当によかったと、今、心の底から思っています。
うまく言えないけれど——これを読んでいるあなたにも、いつか、この感覚が伝わる気がするんです。
僕らがやっているのは、つまり、こういう仕事です。
押し入れの奥で眠っている、色のあせた古いアルバム。もう会えない人と、一緒に写った一枚。子どもが、いつか忘れてしまう、今日描いた絵。
そういう「いつか消えてしまうもの」を、最新の技術で一枚ずつデータにして、きれいに残す。子どもの絵を、立体のフィギュアや、動き出すアニメに変える。古い写真を、AIで蘇らせる。そして、この村の自然でしか作れない遊びや時間を、新しく生み出していく。
地味で、手間のかかる仕事です。一枚一枚、人の手がかかる。だからこそ、AIや新しい技術を、本気で使います。「日本一ゆるい会社」を本気で実現するために、裏側では、けっこう真剣に頭を使っているんです。
こんな仕事を、なぜこの村で、と思うかもしれません。
この村に、僕の実家があります。何代も続いてきた古い家で、会社の、すぐ隣に建っています。父が生まれ、その前も、そのまた前も、ずっとこの土地で暮らしてきた家です。
派手なことは、なくていい。ただ——なんの変哲もない、どこにでもあるこの田舎が、たまらなく美しいということ。この風景を、百年先も、まだ顔も知らない誰かの夏まで、残していきたいということ。
正直に言えば、僕らはまだ、できあがっていません。わからないことだらけで、これから一緒につくっていく途中です。でも、だからこそ、あなたの手で変えられる余白が、いくらでもあります。
「なんで、わざわざ田舎で?」 そう聞かれるたびに、僕はまだ、うまく答えられません。その答えを、あなたと一緒に、見つけていけたら嬉しい。
いつか、あなたと一緒に、この村の夏を過ごせたら。そう思いながら、これを書いています。
― まんてんグループ 金田 壯之輔